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ミャンマー

ミャンマーのアウンサン将軍のオフィスを改装したHouse of Memoriesでディナー!

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ヤンゴン旅行の初日のディナーはHouse of Memories

アウンサン将軍の元オフィスHouse of Memories

このHouse of Memoriesというレストランは、アウンサン将軍の元オフィスを改装したそうです。こちらでテレコムスクエアのイシダさんとディナーなのです。

テレコムスクエアのイシダさん

テレコムスクエアは旅行者にWIFIルーターをレンタルしてる会社です。ミャンマー訪問者が増えてるのでルーターの需要も伸びているようです。僕らもWIFIレンタルしましたよ。

ミャンマー料理

料理の注文はお任せしてたので、料理の名前は覚えてないけど、ミャンマー食事は美味しかったです。たぶんすごい有名なお店な気がする。ミャンマーのことをいろいろ教えてもらいました。

ミャンマーでディナー

ミャンマーの携帯普及率はまだ10%らしいので、インフラを含むいろんなマーケットがこれから大きくなっていくんでしょうね。

アウンサン将軍とは?

アウンサン将軍のことを全然分かってなかったので、後ほど調べてみた。(間違ってたらごめんなさい。)

アウンサン将軍は「ビルマ建国の父」として今でも愛されている将軍で、ビルマ(今のミャンマー)独立のためイギリスと戦った人。民主化運動指導者と呼ばれるアウンサンスーチーさんは彼の長女。

大東亜戦争時代の日本はビルマの独立に手を貸した。将軍は箱根に逃げて、日本名で「面田紋次」と名乗っていたこともあるようです。日本軍はアウンサン将軍を援助して、将軍が25歳のときに、彼以下「30人の志士」と呼ばれる人に、徹底した訓練をおこなったようです。そして、1942年7月にイギリス軍をビルマから追い出してビルマ国が誕生。

でも、ビルマ国は日本の傀儡みたいなもの。彼が目指すのはビルマの完全独立だったので、日本軍の敗色が濃厚になると、戦後の独立を認めてもらうかわりにイギリスに寝返る。

そして、日本軍に勝利したビルマ軍。だけど、イギリスは約束を守らず戦後も独立を認めない。将軍は英領ビルマ政府の重職についたが、依然独立主義者で、独立しようと頑張っていたなか、1947年7月19日に暗殺された。当時32歳。そんな人のオフィスを改装したレストランだったのでした。

軍政下にあったミャンマーは、2010年に20年ぶりの総選挙でテインセイン政権が発足して民主化を進めだしてミャンマーブーム。ちなみに、20年前の1990年の総選挙で圧勝したのが、民主化運動の国民民主連盟(NLD)。しかし、軍事政権はそれを認めず、その書記長で国民的リーダーだったアウンサンスーチーさんを自宅軟禁。むちゃくちゃだ。過去20年のうち14年以上を軟禁されていたとか。次の総選挙は2015年で、みんなが注目している。

ミャンマーに関する本

事前に読んだ本はこちらです。行く直前じゃないと興味持てないので、だいたい飛行機で読んでます。

この本は具体的で参考になった。面白かった。

ほとんどマンガではなかった。あと、同じことが何度も書かれてるので途中で飽きた。最後まで読めてない。

こちらも上と同じ作者なので、内容がかぶってる。1冊で十分。

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